腸内フローラと鍼灸治療
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腸内フローラと鍼灸治療

 私たちの消化管には無数の細菌が共生していて、健康に大きな影響を与えています。

 科学の進歩により、腸内細菌の遺伝子情報や様々な代謝物を解析することが可能となり、その全体像が明らかになりつつあります。

 この腸内細菌の集まりは、腸内フローラ(腸内細菌網)と呼ばれ、近年その働きが話題になっています。

 ここでは、腸内フローラと脳の関係や、鍼灸治療は腸内フローラにどう影響するのか、東洋医学と西洋医学の両面からお話しします。

もくじ

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1.腸内フローラのバランス
2.腸内細菌と脳の関係
3.東洋医学で考える腸内フローラ
4.鍼灸治療は腸内フローラを整える!?

1.腸内フローラのバランス

 ヒトの小腸には1兆個、そして大腸には数百兆個もの細菌が共生していて、その遺伝子は数千万種にものぼることがわかっています。

 重さにして1~1.5kgの細菌がいると言われています。

 ちなみに、ヒトの皮膚には約1兆個、口内には100億個、胃には1万個の細菌が共生しています。

 まさに、ヒトは細菌の乗り物といえます。



 ヒトの体は、約60兆個の細胞と2万3千種の遺伝子で構成されています。

 これに比べて、腸内細菌は細胞数や遺伝子の多様性でも、人体を遥かに凌ぐ生命体であることがわかります。

 腸内細菌は善玉菌、悪玉菌、日和見菌(善玉とも悪玉ともいえず、体調が崩れたときは悪玉菌として働く菌)などと呼ばれていますが、本来は発酵菌、腐敗菌、代謝調整菌と呼んだ方が適切と言えます。

 なぜなら、約1割の悪玉菌(腐敗菌)もいなければヒトの健康は保てなくなるからです。

 悪玉菌(腐敗菌)も、健康にとって大切な役割を持っています。

 例えば、バクテロイデス菌は悪玉菌とされていますが、酪酸などを産生し、脂肪の燃焼を促進して肥満を抑制してくれます。

 また、悪玉菌の中には免疫作用を正常化する役割をもった菌がいることもわかってきました。

 悪玉菌(腐敗菌)は増えすぎると悪さをしますが、減り過ぎると健康を損なうことになります。

 このように、悪玉菌(腐敗菌)もいなければ、腸内フローラはいいバランスとはいえません。

 一方、善玉菌(発酵菌)と呼ばれる乳酸菌やビフィズス菌により産出されたセロトニンという物質は、脳に作用して幸福感をもたらしてくれることがわかっています。

 しかし、善玉菌(発酵菌)が産出するセロトニンが増えすぎると、過敏性腸症候群を発症すると言われています。

 善玉菌(発酵菌)も増えすぎると、健康を損なうことがあるのです。

 そう考えると腸内細菌に善も悪もないといえます。健康を保つためには、腸内細菌のバランスが大切なのです。

 腸内フローラは、発酵菌、腐敗菌、代謝調整菌の割合が、2:1:7で多様性が保たれているのが健康な状態と言われています。

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2.腸内細菌と脳の関係

 腸内フローラと脳の関係について、もう少し詳しく見ていきたいと思います。

 脳の中では、神経伝達物質によって、神経細胞から神経細胞へさまざまな情報が伝達されます。

 セロトニンという神経伝達物質は、人の感情に関する情報を伝達する物質です。




 この物質が不足すると、脳内で情報の伝達がうまくいかなくなり、幸福感が低下してうつ病を発症することがわかっています。

 脳で働く神経伝達物質としてはその他には、ドーパミン、ヒスタミン、GABAなどがありますが、これらはすべてビタミンB6と酵素によりアミノ酸から産出されます。

 実は腸内細菌も全てのアミノ酸、ビタミンB6、神経伝達物質、およびその合成酵素を食物繊維から作ることができるのです。

 驚くことに、体内で利用されているセロトニンの95%以上腸内細菌が産出していて、ドーパミン、ヒスタミン、GABA、アセチルコリンなども作っています。

 例えば、セロトニンは大腸菌、連鎖球菌、腸球菌により、ノルアドレナリンやドーパミンは大腸菌、バシラス属、サッカロマイセスにより、GABAやアセチルコリンはビフィズス菌や乳酸桿菌により作られています。




 腸内細菌の代謝物は脳に影響し、快不快、いらだち、不安、うつ、過敏性腸症候群、炎症性腸疾患、自閉症などに関与しています。

 腸内フローラのバランスを整えることは、こころとからだの健康にとってとても大切なことなのです。

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3.東洋医学で考える腸内フローラ

 昔から東洋医学では、ヒトには自己治癒力(自然治癒力)が備わっており、病気を予防したり、病から自然治癒しているとされてきました。

 すべての人の身体に備わっているこの治癒力はとてもすばらしいものです。病院も薬も無い時代から人々が生き延び、新しい命を授かってこられたのは、ひとえにこの自己治癒力(自然治癒力)があったからです。

 この治癒力は昔も今も変わらず、皆さんの体に備わっています。



 東洋医学では、病は自己治癒力(自然治癒力)が低下したときにかかると考えられてきました。

 鍼灸治療は、数千年の歴史と治療の積み重ねの中で、「自己治癒力(自然治癒力)を高め、病の回復を導く」という治療を確立してきました。

 その考え方と治療方法は、現代まで脈々と受け継がれています。


 そして、科学の進歩とともに、自己治癒力(自然治癒力)の実態がだんだんと明らかになってきました。

 顕微鏡が発明され、血液中にある白血球などの免疫力の存在が明らかになりました。

 免疫力とは、ウイルスや細菌から身体を守り、病から回復するシステムです。

 まさに、自己治癒力(自然治癒力)の代表ともいえる力です。


 


 さらに時代は進み、細胞レベルのことまで調べることが可能になりました。

 ヒトのからだは約60兆個の細胞からなり、なんと一晩で1兆個の細胞が新しく生まれ変わっていることまでわかってきました。

 体重60㎏の人は、毎晩1㎏の細胞が再生されているのです。

 古くなった細胞や傷ついた細胞は、再生力によって新しい元気な細胞に生まれ変わり、健康が保たれています。

 内臓疾患や手術の後に体が回復していくのも、細胞の再生力が働き修復されていくからです。

 細胞の再生力も自己治癒力(自然治癒力)の1つです。


 さらに、新しい生命の誕生にかかせない、生殖器の働きについても様々なことが明らかになりました。

 今では、卵子や精子の健康状態までわかるようになり、妊娠力の一端も解明されてきました。



 身体のみならず気持ちの面においても、セロトニンなどの神経伝達物質が発見され、なぜ憂鬱な気持ちから自然に復活できるのかも解明されました。

 たとえ落ち込んだとしても、時間の経過とともに自然に気持ちが復活してしたのは、セロトニンの働きだったのです。

 科学の進歩はさらに進み、現在では遺伝子解析まで行われるようになりました。



 腸内細菌の遺伝子情報や様々な代謝物を解析することも可能となり、セロトニンをはじめとする神経伝達物質の多くは、腸内細菌が作り出していることが明らかとなりました。

 落ち込んだり、憂鬱な気持ちから回復しているのは、腸内細菌のおかげだったのです。

 さらに、腸内細菌の中には免疫作用を正常化する役割をもった菌がいることもわかってきました。

 これらの腸内細菌の働きも、自己治癒力(自然治癒力)の1つといえます。

 腸内細菌の解析によって、自己治癒力(自然治癒力)の実態がまた1つはっきりしたのです。

 このように科学の発展とともに、東洋医学で昔からいわれてきた「自己治癒力(自然治癒力)」の全容が明らかになりつつあります。

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4.鍼灸治療は腸内フローラを整える!?

 鍼灸における便秘解消の治療は、昔からよく行われてきました。

 また、治療を重ねていくと、便臭がなくなった、と患者さんから聞くことがよくあります。

 うつ病や不安症で鍼灸院を訪れ、改善していく患者さんも多くいらっしゃいます。

 これは、鍼灸治療によって、腸内フローラのバランスが整い、ビフィズス菌や乳酸桿菌などにより神経伝達物質が十分に産出され、うつ病や不安症の症状が改善されたと考えられます。

 また、インドールなどの便臭物質を作り出す腐敗菌が減り、乳酸菌などの発酵菌が増え、便通や便臭が改善されたといえます。



 近年、アメリカで鍼灸治療の研究がさかんに行われています。

 その背景には、米国民の東洋医学に対する関心の高さがあります。

 成人の50%は東洋医学を受けたことがあり、鍼灸治療が一般的になってきています。

 1992年、国民の関心の高さを背景としてアメリカ国立衛生研究所にアメリカ国立補完代替医療センター(NCCAM)が設置されました。

 2005年にはNCCAMに1億2000万ドルを超える研究費が費やされ、その額は年々増加の傾向にあります。

 NCCAMでは、特に鍼灸治療の有効性に対する研究が重視されています。

 NCCAMからの研究費の援助により、その検討が全米の研究機関でなされています。

 現時点で科学的に解明されている、鍼灸のメカニズムについて紹介します。


 身体の表面にある皮膚には豊富に知覚神経が分布しています。

 これらの神経は大脳皮質の知覚神経中枢に、痛み、かゆみ、温感、冷感など様々な情報を送っています。

 そして、知覚神経は大脳皮質に至るまでの経路の途中で延髄、中脳、視床下部などの部位にも枝分かれしてその情報を送っています。

 延髄や視床下部は自律神経をコントロールしています。

 自律神経は呼吸、消化、体温調節、睡眠、排泄、また、ホルモン分泌や免疫系など、生命を維持するための大切な活動を調節している神経です。

 ストレスからくる不妊にも関係しているといわれる神経です。

 そして、鍼による皮膚の知覚神経刺激が脳の延髄や視床下部に届き、自律神経系の活動が調整されることが解かってきました。

 自律神経の乱れからおきる症状には、鍼灸治療がとても効果的ですが、その理由が科学的に解明されました。

 自律神経以外にも、鍼刺激が脳内の種々の神経に作用を及ぼしています。


 鍼の鎮痛効果は有名ですが、これは鍼刺激によって、脳内から鎮痛物質が放出されているためです。

 ハーバード大学のグループは、MRIを用いた臨床研究で、鍼が脳内の鎮痛物質を分泌する神経を刺激することを報告しています。

 鍼灸による皮膚の知覚神経刺激を経て、中脳の鎮痛物質の産生が活性化し、疼痛が軽減されるのです。

 また、脳内の抗ストレスホルモンの分泌を促すことなどもわかっています。




 このように、鍼灸による知覚神経刺激が脳に良い影響を及ぼし、辛い症状を改善していることがわかりました。

 今後、さらに研究が進み、腸をはじめとする内臓への作用も、科学的に解明されていくことが期待されています。

 鍼灸腸内フローラに及ぼす影響も近い将来明らかにされることでしょう。

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引用 井上正康:「健康長寿処方箋41」月刊東洋療法278

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